メモ 物件事故扱いで得するのは誰?

損害保険料率算出機構の作成している「自動車保険の概況」には、物件事故扱いが増えている理由について「交通事故に遭われた方の手続き的な負担にも配慮し、物件事故扱いのまま保険金請求が行われるケースが増えてきている」とあります。あたかも「被害者のため」に物件事故として処理しているという記載になっています。また、警察官も「人身事故にするとあなたも大変ですよ。」というような説明をすることがあります。
しかし、まず、確認しておきたいのは、物件事故として処理することでメリットを受けるのは、第一に加害者であり、第二に捜査機関(警察)である、ということです。
加害者としては、「物件事故」として処理されれば、検察庁に事件が送致されることはありませんので、処罰されるリスクはなくなります。また、物件事故であれば、行政処分も軽く済みます(免許停止等の処分を受けずに済むことが多いでしょう。)。
また、捜査機関(警察)も大きなメリットを受けます。警察官は、「人身事故」の場合には、「送致書」「実況見分調書」「捜査報告書」「供述調書」という面倒な書類を作成し、上司の決裁を受けて、検察庁に送致しなければなりません。送致すると、検察庁から補充捜査を指示されることもしばしばあります。しかも、殺人事件や強盗事件等の重大事件と異なり、交通事故事案(ケガが軽い場合)は、検察庁に送致しても、結局「不起訴」処分となることが多く、「わざわざ警察官が貴重な時間を使って、面倒な書類を作る必要があるのか?」と感じるのも無理もない面があります。「物件事故」であれば、検察庁に送致するための上記の書類を作成する必要がなくなり、1件の事故処理にかかる時間は、大幅に短縮されます。このように、警察にとっては「物件事故」として処理することは大きなメリットになります。
では、被害者にとっては、どうでしょうか。確かに、物件事故扱いであれば、被害者も、診断書を警察に提出したり、警察で事情聴取を受けたりする必要がなくなるので、その意味では「面倒なこと」が減るのは事実です。しかし他方で、事故状況に関する正確な記録(実況見分調書等)が作成されず、後日、困ることもあります。例えば、交通事故の事案では、最初は「たいしたことない。」「すぐに治るだろう。」と思っていても、痛み、しびれ、めまい、ふらつき、物忘れ、不眠等の様々な症状が長期化することがあります。保険会社は、最初のうちは「治療費はうちで払いますので心配しないでください。」等と言いますが、3か月くらい経過すると「普通は治っているはずだから、治療費を打ち切ります。」等と言ってくることがあります。また、後遺障害が残ったかどうかが争点になることもよくありますが、加害者側の保険会社は「物件事故扱いのごく軽微な事故で後遺障害が残るはずがない。」「後遺障害が残るような重大事故ならば、物件事故扱いで処理されているはずがない。」などと主張して、後遺障害の存在自体を否定することがしばしばあります。また、事故状況についても「被害者が突然飛び出してきたために事故が起きた。」などと被害者の過失を過大に主張することもあります。そのような場合に、「軽い事故じゃなかった。」「自分には過失はない。」と主張しようとしても、「証拠」が何もないので、不利になることがしばしばあります。民事裁判になっても、客観的な証拠がないと、裁判官から「この(自称)被害者は、たいした事故でもないのに、大袈裟に言っているだけだ。」と扱われることもあります。したがって、多少面倒でも、ケガをしているのであれば、診断書を警察に提出し、きちんと人身事故として対応してもらったほうが被害者にはメリットが大きいといえます。

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